保育園、断固反対! 地域住民の声で建設中止に(千葉県市川市)。ほんとにそれで良いの?

保育園、断固反対! 地域住民の声で建設中止に(千葉県市川市)。ほんとにそれで良いの?

保育園、断固反対! 地域住民の声で新設中止に(千葉県市川市)。子供を愛しむ社会づくりを考えてみる。

保育園不足の原因はさまざまです。

給料が安すぎて保育士不足とか、保育園をつくるより駐車場にした方が採算性が良いとか、高齢者への社会保障費がかさみ保育に割く余裕がないとか、育児世代は選挙投票率が低いので政策がとられないとか、「保育所をつくったらつくったで、入所希望者が増えていたちごっこだ」なんて言う政治家もいるとか……。

そんな中、都心部では騒音問題についても、よく話題にあがります。僕たちが暮している日本一待機児童が多い東京都世田谷区では、いつも『保育園建設用の土地募集』の告知ビラが街じゅうに掲示されています。

保育園は需要があるのに作らない理由は?投票率の低さと近隣反対が背景に。

地域住民が保育園建設反対運動。理解が得られず、新設断念。

千葉県市川市で、保育園建設を中止に追い込んだ、争いが起きました。


木造2階建ての園舎を完成させ、4月1日に定員108人(0〜5歳児)で開園する計画だった。予定地は市中心部に近い住宅街で、昨年8月に開園を伝える看板を立てたところ、反対運動が始まったという。

住民側は市や社会福祉法人に対し、計画撤回の要望書を提出。社会福祉法人による説明会も複数回開催されたが、「子供の声が騒音になる」「保育園が面する道路は狭いので危険だ」などの意見が強かったという。

私立保育園「子供の声うるさい」開園断念 千葉・市川:毎日新聞より一部引用


 

なぜ、住民たちは反対なのか。
その理由は、「子供の声が騒音」「道路が狭いので危険」だそうです。

東京都では、ちょうど1年前の2015年4月から環境確保条例改正により、子供の声が騒音の規制対象から外れました。子供の声、足音、遊具からでる音、楽器の音が対象外になったのです。(千葉県については調べていませんが、どうなんでしょうか)

子供の声、騒音規制の対象外に。東京都の条例改正で認可保育園も新設に拍車か。

反対住民の気持ちは、わからなくもない

朝、保育園への送迎時、保育園に近づくにつれて園児たちの可愛い声が聞こえてきます。

僕は、その聞こえてくる声に、「もうすぐみんなに会える!」とワクワクさせられます。そして保育園の門をくぐると、「こたろうくんのお父さんだ!」「こっちゃ〜ん!」と、駆け寄ってくれる園児たちがいて、朝っぱらからとても嬉しいのです。

でも、こんな気持ちになったのは、わが子が生まれてから。

0歳から保育園を利用するようになり、そこでわが子に限らず、子供たちの可愛らしさを知りました。以前は、近所で子供を見かけても、嫌いではないものの、どう接して良いかわからない存在だったのです。電車やバスで乳幼児を抱えて乗り込んでくる親子を見て、心の中で「隣にはこないでくれ〜」と思っていました。

それが今なんて、「こんにちは」と声をかけたり、泣いている子に気を配ったりできるようになりました。親も一生懸命だし、子供も子供なりに一生懸命。そんな姿が、とても愛おしいからです。

これは今だけの感情なのかは、わかりません。僕自身、急に感覚が変化したので、高齢者になる頃には「子供の声は騒音だ!」と、急変しているかもしれないのです。

何が言いたいのかと言うと、要はおなじ人でも、「子供の声を愛おしく感じたり」「何も思わなかったり」「うるさいと感じたり」と、変化することがあるという事です。夜勤の方はうるさくて眠れない、持ち家の方は土地建物の資産価値が目減りすると不安になるなど、現実的な反対理由もあるでしょう。そういった方には、真摯に向き合うべきかと思います。

ただ、その現実面だけではない、『断固反対』もあると思うのです。

このあたり、心理学の専門家も加わって、「子供を愛しむ社会づくり」というのを考えてみても良いのではないでしょうか。

人は、生まれて、育って、いつか死ぬ。

「俺は、誰にも迷惑はかけないぞ!」

と思っていても、たいていそう上手く行きません。怪我や病気をすれば、他人からサポートはありがたいですし、年老いて身体が衰えたときも、同じく親切はありがたいです。

では、家族に世話にをしてもらうなら、迷惑にはならないのでしょうか? そうはいきません。家族も他人とつながっているので、あなたのお世話をしているあいだ、誰かに迷惑がかかっているかもしれません。というか、家族もあなた自身ではありません。一人の別の人間です。

誰にも迷惑をかけずに、生きて、死ぬ。そんなことができるのでしょうか?

そんな奇跡を盲信するくらいなら、「俺は他人に迷惑をかけながら生きている」と、開き直る方が健全です。

「赤ん坊や小さな子供は、まだ一人では何もできない。だから迷惑をかけるのは仕方がないじゃないか。そのうち大人になるから大丈夫だ」。そう暖かく包み込んであげるのが、社会で生きる大人の役目でしょう。

保育園建設反対の気持ちもわかりますが、「断固」「絶対」の一辺倒に終始してしまうのは、あまりにも寂しい生き方だと感じます。いずれ、巡り巡って、その子供達に助けてもらうこともあるかも知れないのですから。