子どもの過失はすべてが親の責任とは限らない。サッカーボール事故、最高裁判所で判決。

以前、パパやるでも紹介しました「子育て中の親にとって注目の裁判」の判決が、ついに最高裁判所ででました。これまでの一審・二審の判決をくつがえす結果となっています。

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→ 子どもの過失はどこまで親の責任か。監督責任について注目の裁判が、まもなく最高裁で判決。

発端は、小学校の校庭で蹴ったサッカーボール。

<11年前のできごと>

  • 小学校6年生の男子児童が、友だちと校庭でサッカー。
  • ゴールに向かってボールを蹴ったが、学校のフェンス(1.2メートル)を越えて、道路に飛び出してしまった。
  • そこをバイクで通りかかった、85歳の男性がボールを避けようとして転倒。
  • 骨折 → 寝たきり → 認知症 → 肺炎。事故から1年半後に死亡。

<事故、その後>

民法「責任能力を果たせない者の過失は、監督者が代わりに責任を追う」に基づき、遺族側がサッカーボールを蹴った児童の両親を訴えました。一審・二審の判決は「両親に責任あり」として、児童の両親に1,000万円を超える賠償を命じました。

しかし、児童の両親は「これでは親は常に子供を監視下に置くか、屋外の球技を禁止するしかない」と判決を不服とし、最高裁判所での三審が先日行われました(日本は三審制。これが最後の裁判となる)。

最高裁の判決、親の責任は免除。

最高裁判所での判決は、これまでの一審・二審をくつがえし、「子どもの行為が通常なら危険がないもので、偶然起きてしまった事故の場合には、原則、親の責任は免除される」と、くだされました。

これまで同様の裁判においては、ほとんどの場合「親に責任あり」とされてきたので、今後の裁判の流れを変える可能性のある判決になったとのこと。

”最高裁判所第1小法廷の山浦善樹裁判長は「親は、目の届かないところで子どもが他人に危険が及ぶような行動をしないよう、日頃からしつけをする義務がある。しかし、校庭でサッカーゴールに向かってボールを蹴るといった、通常は危険がない行為によって、偶然事故が起きてしまった場合は、原則、親の賠償責任は免除される」という初めての判断を示し、遺族側の訴えを退けました。

子どもの事故「偶然」で親の責任免除認める判断:NHK NEWS より一部引用(【追記】記事公開終了しました)”

親のしつけがなっていない! 家族苦悩の10年間。

児童の親、といっても現在22〜23歳の男性の親は、最高裁判所で判決を受けて、代理人を通じコメントを発表しています。

“私たち夫婦、息子にとって苦悩の10年でした。

被害者の方にケガを負わせ、結果的に死亡したという事実を厳粛に受け止め、親としての道義的責任を痛切に感じています。息子は自分の蹴ったサッカーボールが原因で人が一人亡くなったということで、ずっと罪の意識を持ちながら、思春期、青年期を歩んできました。

ただ親として子供を守ってやりたいと思ったのも事実です。

(中略)

親として、少なくとも世間様と同じ程度に厳しくしつけ、教育をしてきたつもりでした。この裁判を通じて、「息子に過失がある」、「違法行為だ」、「親のしつけ、教育がなっていない」と断じられたことは、我々親子にとって大変なショックであり、自暴自棄になりかけたこともありました。(以下、略)

<サッカーボール裁判>「我々の苦悩が終わることはない」少年父親のコメント(全文):弁護士ドットコムNEWS より一部引用”

誰が悪い? 誰も悪くない?

当然、亡くなられた男性、そして遺族にとっては、とても悲しい事故であったでしょう。しかし、同様に「校庭でサッカーをしていた」ということで世間から責められた、当時小学6年生の児童を含む家族も相当苦しんだそうです。

そこには悪意はまったく無いのに、双方が苦しんだ辛いできごと。

亡くなった男性と遺族は、自らが加入してる保険適応内のでの補填しかなく、泣き寝入りするしかないいのでしょうか。今回、最高裁判所で判決が出たので、これ以上この問題で争うことはできません。

責任の押し付け合いという訳ではありませんが、今後このようなことが起きないように、もっと広い視点からの対応・改善が必要ではないかと思います。

  • フェンスを含む、学校全体の設計。
  • 高齢者に対しての運転免許証交付・更新。
  • 同様の事故に対しての保険拡充。など。

子供がのびのび遊べるように。

まずは今回の裁判において、「親の責任は免除」という判決が出たことに対しては良かったと思います。学校の校庭でのサッカーにまで、親が監督・監視し続けることは事実上不可能だからです(そもそも親が学校に入って、わが子を側で監視しつづけることは出来ません。また、体育の授業でも教えられるサッカーをするな、と親がしつけることも出来ないでしょう)。

当事者だけの問題にするのではなく、先に述べたように、広い視点から「子供たちがのびのびと遊べるよう」と、考えてゆく必要があるでしょう。

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