子供が不登校になったとき、親ができること。引きこもりから好きなことを見つけて輝く大人たち!
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僕が大好きなテレビ番組、NHK Eテレ「ウワサの保護者会」ですが、前回の放送『不登校~保護者ができることは?』が、とても素晴らしい内容でした。

下衆な言い方ですが、まさに「神回」。

テレビの前で大絶賛! 胸を熱くしながら拍手をしました。

不登校の原因を突き止めようとする親、理由が自分でもわからない子供

学校に行かない子供に対してイライラをぶつける親

12万人。

これは全国の小・中学校で、現在の不登校の生徒の数です。この割合は、中学生では35人にひとり、小学生では237人にひとりの割合となります(文部科学省調査より)。

もし、皆さんのお子さんが不登校になったら、あなたはどうしますか?

わが子が不登校になったとき、多くの親は他の子と同じように毎日学校行ってくれるよう、あの手この手を尽くすようです。しかし、簡単に解決できず苦悩するのです。

どうして学校に行かないのか!? 何が嫌なのかがわからず、子供に対して叱ったり、暴言を吐いてしまったり。

これまで出来ていたことを、全部やりなさい!」
「できない子は、うちの子じゃない!
なんで? いままで行けていたのに、お友達もいて楽しそうだったのに。どうして、何がいけないの?」

また、理由がわかれば解決できるはずだ、その理由を潰してしまえば解決できる、と考えた親御さんもいらっしゃいました。

「何で行かないの?」
「なぜ?」
原因はなに?
じゃぁ、どうすればいい?

 

悩む女の子

……。…………。

でも不登校になった子供本人は、「これが原因なんだ」という決定的な理由がない場合が多いのです。だから何度も聞かれても、親を納得させることができません。そのため子供は、ピリピリとした家の空気に怯え、お母さんが怖かったなどと当時を振り返ります。

「家にいても怒られるし、でも学校も行けないし。どうしたら良いんだろう……」

 

フリースペースの先生

フリースペースという不登校の子供たちが集える施設を運営する理事長は、「31年間この仕事をしてきて、学校に行けない理由をクリアに語れる子供はほとんどいなかった」と語ります。

また、子供が不登校になったときは最初が肝心で、親は「どうした?」と共感的に接するのが良いと言います。そうすることで、子供は「母さん、もういっぱいいっぱいだよ。助けて」という声やシグナルが出しやすくなるからだそうです。

もし、不登校が長引き、親子関係が悪化してしまった場合は、親が心から悪いことをしてしまったと思えたときに流れが変わる。どんなにこじれた段階でも「あのときはごめん」と言うことが雪解けになって、少しずつ変化が現れる。それを信じて誠意を持って謝ったらいい、と言います。

不登校のポイント

  • 子供は、学校に行きたくない理由が自分でもわからない。
  • 親は、なんとかして学校に行かせようとする。
  • 行きたくない子供と、行かせようとする親の対立が起きる。
  • 親が子供に寄り添った時、親子関係が変わる。

【不登校を経て大人に(1)】和歌山大学教育学部4年、プラットホーム部の具路康平さん

リトルリーグに所属。小学3年生の頃、突然学校に行かなくなった。

ここからが素晴らしいお話。番組では、元不登校だったお二人も出演しました。このお二人の様子が、とても勇気付けられるものだったのです。

まずお一人めの方は、現在20代前半の男性、具路康平さんです。

不登校期間は、小学校から中学校にかけての7年間です。友達が多く、スポーツが好きな子供だったのですが、小学校3年生の頃、突然学校に行けなくなりました。学校に行けず、外にも出られなくなったのです。

「本当は行かないと行けないと思っていたので、モヤモヤした日々を過ごしていた」と、具路さんは当時を振り返ります。

お母さんは、口を閉ざす息子の気持ちを知りたいと思い、交換日記を始めます。しかし、子供本人も自分の気持ちがわからず、日記には「じんせいをやりなおしたい」「なんでぼくは今ここにいるのか、なぜこれを書いたのかわかりません」などと綴りました。不登校が続くなか、交換日記は3年間で途絶えてしまいます。

そんな長い不登校期間を経て、お母さんは「(息子が)生きてるだけでも丸もうけ」と考えるようになりました。また息子さんは、そうした親の変化を感じ、「学校へ行け」というプレッシャーから解放されます。「僕は家にいて良いんだ。家は、僕が居ても良い安心できる場所なんだ」と感じたそうです。

【ターニングポイント】和歌山大学のプラットホーム部

画像参照元:プラットホーム部 和歌山大学 ウェブサイト

小学校4年生から行き始めた、和歌山大学のプラットホーム部。プラットホーム部とは、和歌山大学の部活動のひとつ。不登校の子供達と学生たちが、2ヶ月に1回、一緒に遊んで交流を図るのだそうです。

親でも先生でもない大学生が、子供と対等な立場でとことん遊んでくれる。不登校で引きこもりがちだった具路さんにとって、このプラットホーム部は自分らしく居られる貴重な場所でした。

「行った子供が主人公、みたいな感じで接してくれる。ものすごい楽しくで、朝10時から夕方4時まで一日中遊んで、帰るときはいつも嬉しかった」

具路さんが中学3年生の年になった頃、プラットホーム部のお兄さんに進路の相談をしました。

「とりあえず高校は行ったほうが良いよ」

その言葉がきっかけで、具路さんは高校進学を決意。週に1度の家庭教師と独学で受験を突破し、7年ぶりに学校へ通うことになったのです。高校では友達づきあい、勉強、部活動など充実した日々を送り、さらに大学進学も目指します。狙うは和歌山大学のみ。

そう、プラットホーム部に入るために。

塾には通わず、自分で先生や先輩に頼んで教えてもらいながら勉強し、見事現役で合格。

現在の具路康平さんは、和歌山大学のプラットホーム部に所属し、不登校の子供たちを支える側に立っているのです。

素敵な笑顔で語る具路さんからはポジティブなパワーが溢れ、とても印象的でした。

笑顔の子供たち

【不登校を経て大人に(2)】飲食店や工務店を経営する起業家、一瀬智久さん

二人目の元不登校だった出演者は、現在39歳の一瀬智久さん。

「中1で登校拒否をした頃は、絶望していました」

家族からも、近所の人からも、学校に行かないことを責められたそうです。今振り返っても、なぜ登校拒否をしたのか自分でもわからない。一瀬さんは、中学1年生で不登校になり、そのまま二度と学校に戻ることはありませんでした。

「学校に行っていないし、働いてもいないんだから、お金は使えないし、使っちゃいけない。家族にも迷惑をかけちゃって、僕は何もしちゃいけない」と思い、家に引きこもる生活を始めたのです。

しかし親が不登校について学ぶうちに、一瀬さんのことを理解するようになり、責めなくなったのです。すると一瀬さんの気持ちは落ち着き、家で料理を作ったり、フリースクールに通うようになりました。

フリースクールへは中2の頃から通いはじめ、仲間たちと公園で遊んだり、自転車で遠出したり、ログハウスを作ったり、いろんなことに挑戦したそうです。

【ターニングポイント】好きなことを見つけて、一つずつやってみる。シンプルな繰り返し

引きこもりからは抜け出せたけど、学校に戻ることはできず、不安は無くならなかった。一瀬さんは「自分には何ができるのだろう?」と考え始めます。

「引きこもっていたとき、料理は楽しかった」
美味しんぼ(マンガ)によると料理は実力社会

18歳で料理人の修行を開始。レストランで住み込みで働き始めました。そして休日は、お店のリフォームを手伝い、働きながら「料理人」「大工」の腕を磨いたのです。

そして10年後。

コツコツためた200万円の資金を手に、28歳で当時まだ珍しかったスペインバル「三鷹バル」を開業。念願の独立を果たしました。修行の合間に行ったスペインのお店のイメージにしたくて、店舗のデザインから施工まで一瀬さん自身が手がけました。

三鷹バル
東京都三鷹市井の頭2-14-8
井の頭線「三鷹台駅」徒歩1分
18時〜24時(ラストオーダー23時半)
月曜日定休

 

このお店が評判を呼び、なんと飲食店の設計や工事を中心に様々な依頼が飛び込んできたのです。そこで一瀬さんは、新たに工務店「一瀬工務店」も立ち上げました。多くの店舗デザインや施工を手がけます。

「やりたいことは、やっていい」

一瀬さんは、そのことが分かったのがすごく良かったと語ります。

番組内で他のゲストの方から、「学校に行っていないので、学力とコミュニケーション力で困らなかった?」という質問に対して一瀬さんは、こう答えました。

勉強は、必要なときにその都度学べばいい。特に、僕が必要な知識は、普通の学校で教えてもらえるものじゃないと思っていたので、僕にとって学校の勉強は必要なかった」

学校だと同世代だけだけど、社会に出ればいろんな人がいる。学校へ行かなかったからコミュニケーション能力が育たない、という訳ではないと思います」

ウワサの保護者会では取り上げられていませんでしたが、一瀬さんは「三鷹バル」「一瀬工務店」の他に、イタリア料理店「バーカロ・フェッロ」、ロッククライミング・ボルダリングジム「三鷹ジム」の経営も行っているのです。

好きだった料理、フリースクールでの経験、レストラン住む込みで修行した時のスキルを持って、好きなことを見つけて、一つずつやっているのです。

かっこいい! 好きなことを見つけて、それに取り組めることこそが人生の幸せ

具路さんも、一瀬さんも、めちゃくちゃかっこいい! 番組を見ながら、僕は興奮して涙が出そうになりました。

学校の勉強って、一体何なんだろう? って思えます。

義務教育を終えて、高校、大学に進学して、就職して……。こうしたレールに乗るのが必ずしも正しいとは限りませんね。なんといっても、具路さんも、一瀬さんも、最高に良い顔をしていました。

人が生きる目的って、嫌なことを我慢して取り組むことじゃないですよね。日本が戦後貧しかった時代は、我慢することが大切だったでしょう。辛抱して、辛抱して、やっとできた余暇で好きなことをするのが精一杯だったのではないでしょうか。

しかし、今は違います。

具路さんも、一瀬さんも、好きなことを見つけて、それするために行動を起こしたのです。今の日本においては、いや、日本に居続けると縛りをつけなくても良いかもしれませんね。とにかく、自分の好きなことが仕事になる時代なのです。

そして、人は好きなことは夢中になると、ワクワクしながら一生懸命勉強します。

一瀬さんはフリースクール時代、熱気球を飛ばしたことがあるそうです。これって一見遊びに見えて、実はすごく科学を勉強しないといけない。熱気球を飛ばすために、楽しみながら難しい勉強をしたのです。

僕たち親世代は、「わが子を良い学校に行かせて、立派な会社に就職させる」なんて固定概念に縛られているかもしれません。でもそれよりも、子供の心に寄り添って、一緒にワクワクすることを探す方が楽しそうです。

もしわが子が不登校になったとしても、他の子と違うと嘆く必要はないのです。

心踊らされる素晴らしい番組でした。